🎥美学No.68《奇跡の海》

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愛から生まれた無垢で切ない「善意」の物語。デンマークの鬼才ラース・フォン・トリアー監督・脚本、この作品がスクリーンデビューとなったエミリー・ワトソン主演のこの作品は、1996年カンヌ国際映画祭審査員グランプリ他、数々の賞に輝いた。1970年代のプロテスタント信仰に篤いスコットランドの村に住む主人公ベス。油田工場で働くヤンと結婚し、初体験。もう彼なしでは生きてゆけない。仕事で帰らぬ日々が続くと教会に行き、「早く彼を私の元へ帰してください」と祈り、声色を使って「真実の愛のための試練だ」と、神の声として自分で答え、神と対話しているつもりになっている。純粋過ぎて、時にはヒステリーを起こしたり、兄が亡くなった時は心神喪失で精神病院に入ったこともある彼女が、神として話す時は、しごく真っ当なのが面白い。

この映画の特徴は、第1章からエピローグまでの8章仕立てになっていること。各章の冒頭では、彩色のデジタル処理がされた風景画像が出て、そこに1960年〜70年代のロックが流れる。モット・ザ・フープル、ロッド・スチュワート、ジェスロ・タル、プロコル・ハイム、レナード・コーエン、エルトン・ジョン、ディープ・パープル、デヴィッド・ボウイ……しばし、画像と音楽を鑑賞するブレイクが入る。実験的な試みをする監督ならではの斬新な手法。音楽が使われているのはそこだけ。本編は、手持ちカメラで撮影されたドキュメンタリーのような映像が続く。その章を繋ぐのが、サイケな感覚を呼び覚ます画像と音楽なのだ。映画館の大画面にドーンとこれが現れた時には驚いた。でも、画像と音楽からイメージする感情とこの映画が妙にスタイリッシュに合うのだ。新しいコラボレーションの妙技。エンド・クレジットでは、唯一のクラシック、バッハの「シチリアーナ」が流れる。印象的なショット映像と共に、魂を天上に葬送するかのような選曲が美しく、ラストが一遍の詩のようだ。

「いつでも善意のある人でいます」と、教会で神に誓うベス。「善意」とは、相手にとって喜ばしいであろうとすることを行う、思いやり。思いを与えることは、純粋無垢なベスにとっては神に近づくことだった。

「A Simple Love Story」と監督が語るこの映画は、天上から無垢な魂の鐘を鳴らす。第4章冒頭の音楽、プロコル・ハルムの「青い影」を聴きながら、今、私の魂は、どんな色をしているのか……胸に手を置いて考えてみる。

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