🎼美学No.60《ブルース・コバーン》

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朝起きると一面の銀世界。昨日までの景色は一掃され、新しい世界に来たような朝。そんな時に聴きたい曲『Happy Good Morning Blues』。カナダの吟遊詩人と言われたシンガーソングライター&ギタリスト、ブルース・コバーンの1971年、日本デビューアルバム『HighWinds, White Sky 雪の世界』の1曲目だ。何処かに出かける予定もないし、訪ねてくる人もいない。しんしんと降る雪を窓越しに見て、1日一人で過ごす日、このアルバムは優しく寄り添ってくれる。シンプルなアコースティックギターの弾き語りは、白い世界の静謐さと相まって、ゆったりと時を刻む。

指の間から景色を見ている。そこから見える船は、奇跡のように水平線から少し浮いている。1974年『Salt, Sun and Time 塩と太陽と時』の1曲目『All the Diamonds』は、自由の意味を考えて彷徨い、海で輝く船を見て神を感じるという歌詞。まるで、小さな指の隙間から大きな安らぎの世界を見つけたような、優しい気持ちになる。

「僕は宮沢賢治の詩の大ファンだ」と語る。1970年代に2回来日、その時に宮沢賢治を知り、影響を受け、彼へのトリビュート作品を創っている。日本のスピリチュアリティを模索するなら宮沢賢治だと彼は言う。確かに、ブルース・コバーンの作品の精神性と宮沢賢治の詩は似ているかもしれない。自然や宇宙の本質、その関わり方の優しさ……共通の思いを知って嬉しかった。

吟遊詩人も時を経て、キャリア50年。34枚のアルバムを発表し、カナダ勲章、アメリカのグラミー賞に相当する13回のジュノー賞。芸術的功績に対して最高栄誉となる芸術賞、名誉博士号など、彼の活躍は輝かしい。それは彼の詞が、人権、環境、政治、宗教など、人が生きて行く上での問題を問い、世界各地の紛争地帯に足を運ぶ活動家でもあるからだろう。「隣人を愛せよ」と言うなら、隣人を知らねばならない……彼の想いは、発展途上国の貧困や差別、地雷除去問題など、具体的な政治・社会問題も最近のアルバムに込めている。静かに抗議し続けるアーティストは76歳の今も現役。素敵なおじいさんになった。

古くて狭いアパートに住んでいた若い頃、彼の歌声とギターの音色に耳を澄ますだけで、優しく静かな世界を旅し、雄大な気持ちになった。この2枚のアルバムは、ささくれた気持ちを落ち着かせ、癒し、心を洗い、私を何度も救ってくれたのだ。

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