🎥美学No.58《ディア・ハンター》

By waltzblog 2 comments

1979年、映画館で一人で観た。アパートへ帰り、お湯を沸かし、珈琲を飲んだ。が、どうやっても気持ちがホッとしない。日常に戻れない。心に重たい鉛を埋め込まれたような、そんな感じが1週間は続いたと思う。

時は1967年、ペンシルバニアの製鋼所で働き、休日には鹿狩りを楽しむ仲の良い男達。その中の三人、マイケル(ロバート・デニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーヴ(ジョン・サヴェージ)のベトナムへの出征と結婚式に併せての壮行会。飲んで笑って、歌って踊って、陽気な若者達の幸せなシーンは続く。が、一滴もこぼさずに飲み干すと幸せになれるという盃の儀式で、新婦のウェディングドレスに落ちるワインの赤い染みは、残酷な運命の伏線となる。

そして彼らはベトナム戦線に出征。この映画に戦闘シーンはほとんどない。が、それ以上のインパクトを与えたのが、捕虜となった兵士達が強いられる、命を遊ぶ残酷なゲーム「ロシアンルーレット」。6連発銃に一発だけ弾を込め、向き合った二人の捕虜が自分のこめかみに銃を当て、順番に一度ずつ引き金を引き、どちらが先に死ぬかを賭ける死のゲーム。賭博する兵士達の囃す声の中で、偶発的な一発に命を賭ける恐怖を遊ぶ。命が有るか無しかは、ただの偶然。そこには、どんな人生を生きてきたかは全く関与しない。銃弾一発で人は死ぬ……その死は無惨だ。

Deer Hunter(鹿狩り)は一発で仕留めなきゃならない……と言っていたマイケルは、一人帰還した後、鹿に引き金を引くことが出来ない。以前の陽気さは失われ、命で遊ぶことは、もはや出来ない。平穏で無邪気な日常は戻らず、残された者は友の葬儀で「神よ、アメリカを守りたまえ」と歌うことしか出来ない。

アメリカは徴兵制によって延べ260万の兵力を派遣。国内では反戦運動が盛んになり、数々の著名人達が戦争反対を掲げるも、戦争に行った帰還兵やその家族からは「裏切者」と批判される。いつの時も戦争は表裏一体だ。命は肉体のみにあらず。心が損なわれた命は幸せにはなれず、肉体の傷より深い。

「どれくらいの人が死ねば、あまりに多くの人々が死んだことに気がつくのだろう……答えは風に吹かれている」と歌ったボブ・ディラン。「国もなく、殺す理由も死ぬ理由もなく、そして宗教もない。想像してごらん……ただ平和に生きることを」と歌ったジョン・レノン。彼らのメッセージは生きているのか?嘘のない真実のメッセージは、その人の生きた証。

 

2 Comments

うさこ

3月 3, 2022, 12:47 pm 返信

大切なものは何なのか…
リセット不可、取り返しが出来ない事。失って初めて気づく事。。。

『ディア・ハンター』、観る時は長めのお休み期間にしよー!

waltzblog

3月 3, 2022, 12:21 pm 返信

最初に観た時から、長い年月が経ちました。
改めて観た今、やはり重たかった。。。
でも、戦々恐々としている今、必要な重たさだと思います。
3時間の大作!お時間のある時にぜひどうぞ。

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