📖美学No.39《春琴抄》

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谷崎潤一郎 著

本との出逢いは様々である。今ならネット検索して購入、電子書籍もある。いつどこでも手軽に……とはなったが、出逢いの物語が少なくなるようで少し寂しい。

二十歳の頃の我が住居、六畳一間、キッチン・トイレ付きのアパートは、安普請ですきま風が入って寒かった。ある日、帰ってみると、ドアの隙間に一冊の本が挟んである。薄いその本は、ドアの隙間にちょうど良く、しっかりと。それが、谷崎潤一郎の「春琴抄」。一瞬、?となったが、思い当たった。知り合ったばかりの文学部の大学生に違いない。私の為になのか、たまたま読んでいて持っていたのか……真意のほどは分からないが、訪ねて来たお知らせとしては洒落ている。

盲目の三味線奏者・春琴と、彼女に使える佐助。二人の出逢いは、9歳で失明した「いとはん」春琴と、13歳の丁稚の佐助。問屋の丁稚から、春琴の世話係となり、三味線の弟子となる。春琴は佐助に容赦ない。撥で叩き、泣きながら耐える佐助に、更に罵詈雑言を浴びせ、あくまでも師匠と弟子の関係を譲らない。

両親から佐助との結婚を勧められるも「丁稚風情と!」と、取り合わない春琴。佐助も「めっそうもない」と、あくまで師弟関係を主張する。だが春琴は、ひっそりと4人の子を産み、子供は全て養子に出す。既成事実がありながら、世間には最後まで肉体関係を否定する。性をオープンにしないだけ、淫微な世界の深さは増す。谷崎が考える存在の美学。

春琴は9歳の頃の自身の美貌を覚えていた。賊が入り、顔に熱湯をかけられ、火傷でその美貌が崩れる。「お前にだけはこの顔を見られたくない。」春琴の言葉に、佐助は自ら両目を針でつく。盲目になった彼は、春琴と同じ世界に到達出来たことに、得も言われぬ喜びを感じる。谷崎の耽美的美学は完成する。

この作品の特徴は文体である。改行、句読点がほとんどない。なので、文末から次の文章へするすると続いて行く。谷崎の文体実験?!読みやすいように、分かりやすいようにという配慮は一切ない。自信がなければ、こんな実験はやらない。ワンセンテンスは読解力で切って読み、途中で本を置けない。どこまで読んだのかが、分からなくなる。よって、一気に読む。すると、美しい日本語の連なる語りだけが心に残る。谷崎実験の勝利。

「春琴抄」読後、取り憑かれたように、次から次へと谷崎文学を読みあさった。新しい世界の入口は、まさか!という所にある。すきま風の入るドアには、しっかり密閉されたマンションにはない、秘密の入口を教えてくれた。

 

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