📖美学No.31《ゆきてかへらぬ》

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中原中也との愛  長谷川泰子 述 村上護 編

詩人・中原中也と評論家・小林秀雄と三角関係にあった長谷川泰子という女性。天才二人の裏側にいて彼らに翻弄されたと思いきや、彼女自身が自分の人生を創りだそうと必死に生きていたということが分かる。たった3年の三角関係は、彼らを取り巻く、後に日本の文化・芸術をかたちどる面々と共に創る、文学を軸にした青春グラフィティだ。

女優を夢見て劇団に入った19歳の長谷川泰子は、16歳の詩人・中原中也と出会う。中也は即座にミューズとなる泰子を感じ、おままごとのような同棲生活へ。中也の友人・小林秀雄が彼らの家に顔を出すようになり、泰子に言う。「あなたは中原とは思想が合い、僕とは気が合うのだ。」そして、泰子は小林の許へ。今度は、中也がその家に顔を出すようになる。

「奇妙な三角関係」と、後に小林が書いている日々が始まる。小林と暮らし始めると、泰子は過度の潔癖性になってしまう。足を動かすことさえ汚いと感じるので、電気もつけず、トイレにも行かない。妄想が浮かんで耐えられず、「着物の裾は畳の何番目?」「引き戸の音の数は?」と、小林に訳の分からない質問を毎日繰り返す。その答が自分が思っていることと合っていないと、ヒステリーを起こし、時には小林を線路に突き飛ばす。そして、小林は泰子から逃げた。

「中原の文学は私の思想のふるさと」こう語る泰子の感性が好きだ。生きている中也が聞いたら、どんなに嬉しかったことか。「僕が死んだら、あいつに読ませたいんです。」中也が友人に託した分厚く綴じた原稿、それは全部、泰子への愛の詩だった。

《いかに泰子、いまこそは しづかに一緒に、をりませう。遠くの空を、飛ぶ鳥も いたいけな情け、みちてます。》

この本の出逢いから30年後、『中也が愛した女』という朗読劇と三人芝居の舞台を創ることになる。その準備として、中也の故郷である山口市の中原中也記念館に行った。泰子とも親しかった館長と食事をし、色々お話を伺った。晩年の泰子は老人ホームにいたのであるが「小林さんがお見舞いにくるよ」と言うと、身ぎれいにし、そわそわして待っていたという。潔癖性はまだ治らず、小銭は全て洗って窓の近くに干していたらしい。

泰子72歳、「長谷川泰子」という本人役で出演した映画『眠れ密』。その中で、一人フラメンコを踊る。孤高の画家・ジョージア・オキーフを思わせる風貌、年老いて尚、凛々しいその顔は、ただ者ではないぞと思わせた。

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