🎥美学No.113《バグダッド・カフェ》

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1987年製作の西ドイツ映画。日本公開は1989年3月。渋谷の公園通りにあったシネマライズで封切られ、17週間のロングランとなった。当時はミニシアターがブーム。81年俳優座シネマテン、82年ユーロスペース、83年シネヴィヴァン六本木、86年シネマライズ……と、80年代に入って多くのミニシアターが開館した。大手では上映されない、マイナーで低予算だが最先端で個性的な作品が上映され、新しい映画文化の発掘を楽しめた。シネマライズは、『ポンヌフの恋人』(1991年)、『トレインスポッティング』(1996年)、『アメリ』(2001年)などを上映、私も新しい出逢いに足を運んだ。

ドイツからの旅行中、レンタカー内で夫と喧嘩し、車を降りた中年女性ヤスミン。重いトランクを引きずり、辿り着いたのは、砂漠地帯にある寂びたダイナー兼ガソリンスタンド兼モーテル『バグダッド・カフェ』。その店の女主人ブレンダは、常に怒りにかられ、仕事をしない夫を叩き出したところだった。モーテルに滞在したヤスミンは、暇に任せて勝手に店の大掃除をしたり、赤ん坊をあやしたり、徐々にブレンダの警戒を解いていき、カフェに集う人々とも打ち解けていく。彼女は、砂漠にオアシスをもたらす。

この映画、監督も出演者も無名で派手な要素はなかったが、ロングランによって魅力が浸透し、ミニシアターブームを代表する一作となった。その理由の大きな要因は、ジェヴェッタ・スティールが歌った主題歌『コーリング・ユー』。インディペンデント映画では快挙であるアカデミー賞にノミネートされ、以降、セリーヌ・ディオン、ジョージ・マイケル、ジョージ・ベンソン、ナタリー・コール、ホリー・コール他、多くの人気歌手達がカバーし、今ではスタンダード・ナンバーとなっている。

修理が必要なコーヒーマシンがある   

ちょうど曲がり角の小さなカフェ

あなたを呼んでいるの 

わたしの声が聞こえない?

わたしはあなたを呼びつづけているのよ

ダリの絵画を意識した「緑っぽい不思議なやまぶき色」の色調は、グレーな砂漠の風景に暖かい感情を注ぎ込み、現実をファンタジーの世界へと誘う。ヨーロッパからやってきた異邦人、アフリカ系アメリカ人、ネイティヴ・アメリカン……ちょっと風変わりな登場人物達は、リッチを目指す忙しない世界からはドロップアウトしている。暮らしが良くもならなければ、そう悪くもならない。変わらない砂漠の風景に溶け込んでいる。ヤスミンは砂漠に舞い降りたメリーポピンズ。彼女の魔法は、笑顔ある人生に人々の希望を繋いでいく。

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