🎥美学No.108《かもめ食堂》
「癒し」という言葉が頻繁に世に出てきたのはいつ頃だったか……。バブル景気が弾け、心身ともに疲れた人々が求めたものは、ゆったりした日々と穏やかな心。モノやサービスに「癒し」というワードが不可欠になった。
そんな時代のムードを持って誕生したのが2006年公開の『かもめ食堂』。原作は群ようこの小説。監督・脚本は荻上直子、出演・小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ。フィンランドのヘルシンキに『かもめ食堂』を開店させた主人公と、そこで出逢った人々との交流を描く。マリメッコmarimekkoの洋服やイッタラIittala、アラビアArabiaなどの食器が登場し、北欧デザインが一気に人気になった。
翌年公開の『めがね』は、『かもめ食堂』のキャスト・スタッフを引き継いでの作品。鹿児島の与論島で撮影され、浜辺の民宿を舞台に都会から来た女性が島の人々と触れ合い「たそがれる」術を学ぶ。
2009年公開の『プール』は監督に大森美香。タイ・チェンマイのゲストハウスで、孤児の世話をしながら働く主人公。そこに、日本においてきた娘が訪ねて来る。タイの暮らしの中で、母と娘は自然に向き合えるようになる。
『マザーウォーター』は松本佳奈監督で2010年公開。京都で暮らす、ウィスキー・バー、コーヒー店、豆腐店を営む3人の女性の日々は、水の流れのようにゆったりと時を刻む。
『小林聡美・癒し映画シリーズ』とも呼ばれるこれらの作品、監督は変わっても、一貫したテーマがある。それは、小林聡美の持つムードが果たす役割。自分に何が必要かを知っていて、一人で生きる女性。大切な言葉をかけてくれる年上の隣人としてのもたいまさこ。どちらも身近に感じられる存在だ。そして、スタイリスト・堀越絹枝とフードコーディネーター・飯島奈美の仕事は、「絵作り」に重要なポジションを抑えている。流行に左右されず、自分に似合うものを選べる目、目で楽しみ味わう美味しい料理……「丁寧な暮らし」に欠かせない衣と食にセンスが光る。全作に共通しているのは、人との交流はしっかりあるけれど、べったり依存しない「一人」であること。一人を楽しめてこそ、幸福がある。「癒し」は自分の心持ちにあるんだということを気づかせてくれる。惑わされず、内なる自分を信じる。心の声を信じる。今暮らしている日常にも、幸せはひょっこり顔を出している。それを見つけられるかどうか。
『かもめ食堂』は、感性ある暮らしのきっかけになった。家族単位でなくとも認められ、幸せを感じる生き方は清々しい。