🎼美学No.106《SHOWの音楽》

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ファッションの仕事には春夏と秋冬のコレクションがある。シーズンのイメージが固まり、洋服の制作に入ると同時にショーの制作にも入る。モデルをオーディションし、ヘアメイクと打ち合わせ、演出と共に音楽を決める。約20分のショーの音楽はコレクションの「声」なので、欠くことのできない重要な効果。洋服のイメージに合わせたり、もしくは反対にワザと合わせないでエッジを効かせたりもする。音楽編集はアマチュアの音楽情報量ではとても追いつかず、プロがいないと出来ない。「こんな感じ」と抽象的なイメージだけしか伝えなくても「これは?」と、さっと音を出してくれる。シーズンの洋服、モデル、ヘアメイクのコラボレーションを想像し、「語る音楽」を創る作業は一番楽しかった。

『ジプシー』がテーマだったシーズンは、エミール・クストリッツァ監督の映画『ジプシーのとき』から使用。オープニングに使った『Ederlezi(エデレズィ)』という曲は、バルカン半島を中心としたジプシーの民謡。もの哀しい叫びのような歌に、モデルの靴音が相槌のように響いたのを覚えている。

ある年の秋冬コレクションは、女優とダンサーを招いての舞台仕立て。女性として生まれた意味をパフォーマンスで描き、モデル達は移り変わる風景のように歩く。オープニングに文章をスクリーンで見せた。ロリーナ・マッケニットのアルバム『the mask and mirror』に収録されている『The Mystic’s Dream』は、神秘で深遠な世界へと誘ってくれた。

トム・ウェイツが1976年に発表したアルバム『Small Change』に収録された曲『Tom Traubert’s Blues』が大好きで、ショーのラストに流したかった。『酔いどれ詩人』と呼ばれたトムが心身ともに疲れていた27歳のとき、ロンドンに数ヶ月滞在。そのときに書いたのがこの曲。異国の地で路上生活者と話したことや、監獄で一生を終えた友人トム・ラバーツの人生と自身を重ね、根無し草のように放浪する人生を歌った。

「疲れ果てて傷ついてしまったんだ 月のせいじゃない 身から出た錆ってことさ 放浪の旅に出よう お前も俺と一緒に行かないか」

トム・ウェイツの低くしゃがれた声に守られて、サワサワと衣擦れのするグリーンタフタのロングドレスが歩いて行く。対照的な世界が見事にマッチして美しかった。SHOWの創り手が投げかけるのは、自由であることの意味と価値。

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