🎥 美学No.89《さらば青春の光》
イギリスのロックバンド、ザ・フーが1973年に発表したアルバム『四重人格(Quadrophenia)』を原作とした1979年のイギリス映画。舞台は1964年のロンドン。当時のユースカルチャーの二大勢力はモッズとロッカーズ。モッズは、細身の三つ釦オーダースーツ、細いブラックニットタイ、クラークスのデザートブーツ。もしくは、フレッドペリーのポロシャツにLEVI’S。そして欠かせないのが、アメリカ陸軍のミリタリーパーカー通称M-51。オリーブ色のサープラスコートは、ご自慢のスーツをオイルやほこりから守る目的でスクーターに乗るときは必ず着用。クロームメッキのミラーや長いアンテナで車体をアレンジしたベスパやランブレッタにまたがり、最もクールなスクーターに乗る者がエースとして先頭に立つ。対してロッカーズはリーゼントに革ジャン・革パンにブーツ。ロックンロールとトライアンフやノートンのオートバイを愛しスピードを競う。正反対のカルチャーを支持する若者達は、1964年「スタイル・ウォー」と呼ばれた暴動をブライトンで起こす。
広告代理店でメッセンジャーをやっているジミーは、仕事が終わるとモッズ仲間達とクラブで踊り、睡眠時間の⽳埋めにはアンフェタミン(違法薬物)、改造スクーターで夜の街を走り、敵対するロッカーズと喧嘩に明け暮れる。そんな日々では当然仕事にも身は入らない。
「ちゃんとしろ!」「そんなことだからダメなんだ!」「人間のクズになる!」「くだらないことにうつつを抜かせて!」「将来を考えろ!」……そんな大人達の声が聞こえる。
何をやっても上手くいかない。いいことなんて何もない。誰も、何もわかってやしない。「まとも」って何なんだ!!行き場のない不安や苛立ちを「心がふらつく病気」だと大人は言う。だが、ふらつかない心って……何?
若きスティングがモッズのエースとして出演。誰にも媚びず、クールでスタイリッシュな彼はジミーの憧れのヒーロー。だが、エースの実像はホテルのドアマン。落胆したジミーは彼のスクーターを盗み、断崖に向かって走り出す。
青い苛立ちは人生の通過点。無為の日々に思える若いエネルギーが、新しいファッションや音楽を生み、時代の文化を創る。この映画を初めて観た頃の、主人公に共感した思いは今は遠い。でも、久しぶりに観終わったら、しばし腕を組み、立ち上がり、ネットでモッズコートを探していた。青春の光と影は小さく小さく燻っていた。