🎼美学No.84《スティーヴィー・ワンダー》
1976年発売のスティーヴィー・ワンダーのアルバム「Songs in the Key of Life」。当時全米アルバムチャート14週1位、グラミー賞のアルバム・オブ・ザ・イヤー他4部門を受賞。当時26歳の彼にとって18枚目のアルバムだった。
盲目のシンガーソングライターは、11歳でモータウンと契約、12歳でモータウン・レビューの一員として全米ツアー、13歳でBillboard Hot 100で史上最年少記録で1位。22歳の時のアルバム「TALKING BOOK」に収録され、シングルカットされた「迷信」は全米シングルチャート1位。競争激しいアメリカの音楽業界で、26歳ですでに15年のキャリアがあったのだ。21曲が収録されたこのアルバムは、スティーヴィー・ワンダーの最高傑作となる。
その中の1曲『Isn’t she lovely? (可愛いアイシャ)』は、長女の誕生に大喜びしている父親の歌。赤ちゃんの泣き声から始まり、曲中、赤ちゃんとのやりとりも入っている。スティーヴィー・ワンダーと愛娘アイシャの声。なんて可愛い子なんだろう、最高の天使……と歌う彼は、幸せそのものだ。
リアルタイムでこのアルバムを聴いた。当時、年上の友人が深大寺で娘と2人で暮らしていた。3歳のその子が可愛くて可愛くて、臙脂色の別珍でオーバーオールも作ってあげた。よく遊びに行っては、このアルバムを聴いていたので、陽が良く当たって庭のある深大寺のアパートが浮かんでしまう。別れていた彼女の夫とも仲が良かった。映画の編集に関わっていた彼。ちょうど『サード』というアートシアター・ギルトの映画の仕事をしていて、「いい俳優が決まったよ。永島敏行と森下愛子、凄くいいよ!!」と興奮して話していたのをよく覚えている。私が彼の娘を可愛がるのを見て、いつも嬉しそうに鼻の下を伸ばしていた。そして突然、友人からの電話。「てっちゃんが死んだ……」娘に会いに行った帰りのバイク事故だった。まだ二十代半ば、結婚し、娘を授かり、奥さんとは別れてしまったけれど、やり甲斐のある好きな仕事……人生を凝縮して、好きなバイクで走って、遠くに行ってしまったんだなぁと、初めての友人の死に実感が湧かなかった。
『Isn’t she lovely? 』を聴くと、この思い出に繋がる。「な、俺の娘は可愛いだろう?」てっちゃんの自慢げな笑顔が目に浮かぶ。音楽に自分の風景を足すことができたら、その曲は自分のものになる。