👗美学No.72《THE PARIS COLLECTIONS INVITATION CARDS》
文字通り、パリ・コレクションの招待状が満載。ファッションジャーナリスト中島明子に届いた1983年〜1993年のカード、総勢75ブランド、総数429点が記載。パリ・コレクションは1年に2回、パリで開催されるファッションブランドの新作発表の場。プレタポルテ(高級既製服)は、秋冬が3月、春夏が10月に、オートクチュール(高級注文服)は、春夏が1月、秋冬が7月に開催される。これらを併せて「パリ・ファッション・ウイーク」、日本ではパリコレクション、通称パリコレと呼ばれている。招待される人は、有名ファッション雑誌のエディターやマスコミ関係者、有名百貨店などのバイヤー、老舗スタイリスト、世界的に名前が知られている芸能人、直接買付する有名人やその家族達である。一般の消費者が招待されることはない。招待状は、ファッション界の通行手形。有名ブランドからこれを受け取ってこそ、業界の仲間入りという訳だ。
ファッションの仕事をしていた頃、私は案内状を作る側だった。一つを除いて、どんなカードを作ったか、もう覚えていない。その一つとは『萌葱色の手紙』と題された散文の文庫形式のもの。パソコンのない時代なのでデータもなく、送付してからは見ることもなかった。ある日、亡くなった父の書斎を整理していたら、大事な書類が入っているケースに、それはあった。まさか、父が持っていたとは!30年ぶりの再会!!「1992年の春の日に……」という序章から始まる散文は、ある女性が一人パリに住み、日本を想う郷愁。なぜ、これを書いたのか……。当時は「社長」と呼ばれる多忙な日々。スタッフのベースアップの為にも、毎年売上をアップし続けなければならない。出社すると、まず前日の直営店売上のチェックから始まり、前年比◯%と数字に一喜一憂し、資金繰りに頭を悩ます毎日。数字とデザイン、どうにかこうにか左脳と右脳のバランスをはかっていた。今読むと、ロマンティシズムな拙い文章は、いっときの現実逃避だったのかもしれない。ファッションの案内状に散文を送る……なかなかの冒険だったが、銀座の画廊で知り合った画家の方に送ったら、「感動しました」と来訪してくれたことが嬉しかった。
舞台の仕事をするようになって、カード作成はチラシデザインに変わった。が、自分の作品を見てもらう案内であるということには変わらない。「どう生きるかがファッション」だとしたら、私が生きる術を案内するカードやチラシは、やはり私のファッションなのかもしれない。