📖美学No.70《小さき者へ 生れ出づる悩み》
有島武郎 著
人間肯定、人道・博愛主義、生命賛美を唱える文芸思潮「白樺派」の一人が有島武郎。1916年有島38歳の時に、妻と父を相次いで亡くし、これが転機となり本格的に作家活動に入る。「小さき者へ」は、母親を亡くした幼い三人の子供達に宛てた、本人の手記ともされる短編。「生まれ出づる悩み」は、画才を持ちながらも、生きる為に漁師で生計を立て、芸術への渇望と労働の狭間で苦悩する青年への応援歌。
人生という荒波を生きれば、書き残しておきたいことが、誰でもあるだろう。この二つの作品は、遺言書ではないが、まさにそんな言葉が連なっている。親ならば子へ、人生の先輩として未来を持つ後輩へ……これだけは言っておきたいという、経験から生まれた言葉は純粋だ。幼くして母親を亡くしてしまった子供達三人に「お前たちは不幸だ」と言い切って始まる「小さき者へ」。これは有島が、母親がいて幸せだったから言うのだろう。「十分人世は淋しい」とも言っている。これらの言葉は、前途洋々、未来に夢を持つ子供達が聞いたら、さぞかしがっかりするはずだ。だが、あえて有島は言う。そして、「前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ。恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さき者たちよ。」と締めくくる。父親としての素直な愛情が胸を打つ。
有島武郎は、この作品を書いた5年後に「婦人公論」の美人記者であり、夫がいた波多野秋子と心中する。恋には勝てなかった、人道主義者らしからぬ作家の最期。残された子供達……父親もまた、彼らの人生から早々に姿を消した。
何が幸せなのかは、本人が決めること。金銭的に豊かな生活を幸福と思うならば、それを確保する術に向かわなければならない。だが、虚しくなることもあるだろう。裏切りもあるだろう。自然と共存する生活も、時には自然の猛威に脅かされるだろう。心身共にある苦難は人生にとって必然。だがきっと、喜びの深さがそれを救う。人は親を選ぶことは出来ない。生まれた時から持つ悩みをいかに「我が道」と背負って生きていくのか。幸福は、人生の最後まで分からない。
今まで何回も本の断捨離をした。が、この本を捨ててはいけないような気がして、すっかり黄ばんでしまった薄い文庫は今も側にある。私が最期に残す言葉は何だろう。父の遺言書にあった言葉は家族を救うものだった。「悔いのない人生だった。ありがとう」
※「生まれ出づる悩み」のモデルとなった木田金次郎による《夏の岩内港》1960年
うさこ
5月 5, 2022, 9:38 am「何が幸せなのかは、本人が決めること。」
この言葉に心が救われます。親を選んで生まれる事は出来ない。ただ受け入れるだけ。良い所を見ようと努力して最後は感謝の気持ちになる…
100万通り、いや1000万通り…いやいやもっと沢山の価値観がある…
綺麗事ばかりは言えず感情的になる修行が足りない自分…
うーん、まとめられない(汗)
日本語、勉強し直さねばダメですねー(苦笑)
楽しく読ませて頂きました。ありがとうございます!
waltzblog
5月 5, 2022, 2:10 pm自分の人生…とは言っても、誰にでも親があり、まずは、その人生を引き受けて生まれてくるのですよねぇ。
親がいない不幸もあり、親がいる苦難もある。
曲がろうとも、迷おうとも、「我が道」は貴重な1本の道!!
Going my way!!で行きましょう。