🎨美学No.14《Kiki’s Paris》
「好きな時代は?」と聞かれれば、いつも「1920年代のパリ!」と答えていた。当時のファッションも好きだし、画学生だった私は、芸術=パリの雰囲気に憧れてもいた。『ベル・エポック』 『エコール・ド・パリ』というキーワードは、今も私をゾクゾクさせる。
《 キキのパリ 〜1900ー1930年代の芸術家と恋人達〜 》というタイトルの写真集。キキは1901年生まれのフランス人女性。モデル・画家・歌手・女優、そして、何と言っても時代のミューズだった。 決して美人ではなかったけれど、自由を愛し、機知に富み、陽気で天真爛漫。そんな彼女をモンパルナスに集まる芸術家達は、こぞってモデルにした。
表紙を開けてまず目に飛び込むのが、パリのカフェで芸術を謳歌していた沢山の顔、顔、顔……。ピカソ、スーティン、マティス、モディリアーニ、キスリング、ザッキン、藤田嗣治、ユトリロ、コクトー、シャガール、アポリネール、マン・レイ、ヘミングウェイ、サティ、ピカビア、エルンスト等々。『エコール・ド・パリ』がこの一冊にぎっしり。現代にどれだけの影響を及ぼしている芸術家がこの時代のパリに集まっていたかが分かる。
ヘミングウェイが命名した「モンパルナスの女王」。女王キキを取り巻く、若き芸術家達の青春の日々。着飾って、カフェに集って、出会いがあって……男も女も、それぞれの魅力を生かして同等に語り、飲み、パリでの青春の日々を楽しんでいたんだろう。私もタイムスリップして、その場所に行きたい!と何度も思ったものだ。ミューズという言葉を知ったのも、キキからだった。芸術家が憧れてやまない美の源泉、インスピレーションの源。キキがいなければ、今も愛される名画や写真は生まれなかった。
そんな彼女も、最後はアルコールと麻薬に溺れ、52歳の孤独な生涯を閉じる。モンパルナス時代の友人は、たった1人、藤田嗣治が葬儀に参列しただけだった。キキだけではなく「ミューズ」と呼ばれた女性は孤独な晩年を迎える人が多い。孫達に囲まれて、幸せなおばあさんになりました……という話は聞かない。
強い光であまたの芸術家を照らした女神は、その強さゆえ、ある短い間に人生のエネルギーを集約してしまうのかもしれない。本当の涙は、彼女だけの秘密だ。