📖美学No.9《車輪の下》

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ヘルマン・ヘッセ 著

小学校の図書室が好きだった。図書委員になって、クラス全員の図書利用の棒グラフを作り、「皆さん、もっと本を読みましょう。」などと言っていた。借りたら早く読んで、早く返して、次を借りる。勿論、棒グラフのトップは私だ。そうやって借りた本で、一番心に残っているのが「車輪の下」。

主人公が、孤独な心を抱え、川を見つめるくだりを鮮明に覚えている。何事もないようにせせらぐ川の水。それを見つめていると、心が落ち着いて、すっとそこに入って行けそうな……彼の思いが、私の中に深く刻まれた。

成績優秀な少年ハンスは、家族や学校、町中の人々の期待に応えるために、エリート神学校に2番の成績で入学する。試験が終わって「きっとダメだ」と落胆していた彼だが、合格と聞くと、一番に慣れなかったことを悔やむ。全寮制の神学校は全てが規則に縛られていた。そこで、ただ一人、規則に反抗するアウトロー、ハイルナーという友達が初めてできる。だが彼は、規則を守らなかったことで退学。それまで友達も作らず、勉強一筋だった生き方に疑問がわく。勉強はおろそかになり、精神状態も不安定。痩せて、青白い顔で故郷に戻る。行き場のない彼は、機械工になる決意をする。だが、青い作業服を着て、一番下っ端の見習工の自分を滑稽に感じる。ある日、工場の仲間に誘われ、飲みに出かける。労働者達は、どれだけ酒が飲めるか、女にもてるか……豪快に笑いながら話し、楽しんでいる。ハンスも相槌を打ち、笑い、飲む。慣れないお酒で脚をふらつかせながら、一人その場を離れる。帰りの遅いハンスに、父は家で怒っていた。

そのころハンスは、冷たく静かにゆっくりと、暗い川の中を下手に流れていた。

長々とあらすじを書いたのには訳がある。何十年ぶりに読み返して驚いた!私が深く心に刻んだ記憶、主人公が死ぬことを考えて、川を見つめるくだりは、無いのだ!!自殺したのか、誤って川に落ち、溺死したのか……本書には書かれていない。それは、読者に委ねられている。

小学生の私は、物語を読み進め、彼の自殺を確信していた……ということになる。作者が書いてないシーンを心に焼き付けて、ずーーっと、何十年、この作品を大事にしていた。思い込み、記憶違い。でもそれは、行と行の間に託された作者の思いを、読者が自由に創作出来る特権の現れかもしれない。子供の感性をあなどることなかれ。作品に力があれば、経験が浅くとも、想像力はいくらでも大きくなる。

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