📖美学No.34《奇縁まんだら》
瀬戸内寂聴 著 横尾忠則 画
思いもかけない不思議なめぐりあわせ……人生はすべて奇縁によって方向づけられる。人は一生の中でいったい何人と出逢い、別れてゆくのか。その経験や思い出が人を形作り、人生を創ってゆく。
2007年日本経済新聞日曜版朝刊に連載が開始された当時、瀬戸内寂聴は84歳。その随筆は5年間続き、彼女によって語られたのは、作家、画家、彫刻家、政治家、歌手、俳優、歌舞伎役者などなど.…日本に歴史を刻んだ故人135人との奇縁だ。それが全4巻となって刊行されたのがこの本。何と言っても豪華な本である。挿絵と装丁は横尾忠則。これが素晴らしい。第1回目の「島崎藤村」の挿絵を見たとき、瀬戸内寂聴は驚く。《横尾さんの描いた藤村の顔は、私の見た、あるいは書いた藤村よりもはるかに実物の気品を伝えていた。》
描かれている人物のほとんどは、私達の知っている写真などからの模写である。しかし彼の手にかかると、タッチや色、背景……それぞれの描き方によって、写真の顔はその人全てを語る見事な肖像画へと変貌するのだ。「描くのはせいぜい長くて30分」彼の直感力は、偉大な画家の天分である。横尾忠則は大好きな画家で、展覧会があればワクワクして観に行く。彼の作品群の中にいると、自分の中の沈殿していたエネルギーが沸々と煮えたぎってくる。それほど彼の作品は強い。そのイマジネーション力は、何もかも飲み込んでしまうほどに圧倒的だ。
瀬戸内寂聴の小説は、ほとんど読んでいる。好きな作家の本はいつでも携帯できる文庫で全て揃える……を私が実践する中の1人である。何回も読み返した作品もたくさんある。「女性」の性と生を根源から示唆した文学、尼僧になってからは現代を生きる女性の道標のような存在でもある。その洞察力と感性、人生の経験からくる眼差しは、厳しくあたたかい。
それぞれが自伝一冊ゆうに書ける人達を、彼女の記憶に残っているひとひらをすっとすくって書いてみせる。その素晴らしさ、美しさ。全てを知るよりその人なりが分かり、相手を語っていながらそこに存在する彼女自身。この随筆は、やはりまぎれもない瀬戸内寂聴文学なのだ。「瀬戸内寂聴✖️横尾忠則」日本が誇る両輪が描いた135人。これは日本における美しい歴史書である。
これから生きて84歳を迎えたとき、奇縁だったなぁと思い出す人達は、はたして何人いるだろう。私の人生を創ってくれた全ての人達に、せめて「ありがとう」と心から言える生き方をしたいものだ。