📖美学No.90《マドレーヌ》
「パリのつたのからんだ、ある古い屋敷に、12人の女の子が暮らしていました。」ルドウィッヒ・ベーメルマンス作・画の絵本『マドレーヌ』シリーズはいつもこの文章で始まる。修道女ミス・クラベルが世話をする寄宿舎には12人の女の子たち。その中で一番おチビさんが主人公のマドレーヌ。誰よりも元気で何事にも興味津々。白い丸襟の青い制服、リボン付き帽子……そのスタイルは懐かしい子供らしさで可愛い。ベーメルマンスのセンスある絵に魅了される。
ベルギー人で画家の父とドイツ人の母を持つ作者は、オーストリアのチロル地方で1898年に生まれた。父は彼が6歳の時、妊娠させた女性と駆け落ち。あろうことか、母親、そして彼の家庭教師も父親の子供を身ごもっていた。駆け落ちによって、家庭教師は自殺、残された母と息子は、母の故郷であるドイツのレーゲンスブルグへ旅立つ。母は息子に自分の子供時代のことを話した。一人ぼっちだったこと、修道院経営の学校に入れられたこと。そこでは女の子達が2列に並んだ小さいベットに寝かされ、いつもお揃いの服で2列に並んで歩いていたこと……母のこの話が『マドレーヌ』の下地になった。
ベーメルマンスは一旦完成させた作品を雑誌に掲載し、読者の反応に基づいて改定した後、改めて絵本として完成させ出版するという制作スタイルをとっていた。『げんきなマドレーヌ』ではマドレーヌが盲腸で入院した後の食事のシーンで、11人のはずの女の子が12人になっていた。読者の指摘によって分かったミスだったが、あえて改定せずに残した。「誰??」「あら、帰って来ちゃった?」など、好きに想像していいよ……という思いが微笑ましい。幼い頃から問題児で、退学、寄宿学校、ホテル奉公、そして16歳で単身アメリカに渡った作者。冒険心はマドレーヌに込めたのだろう。
思えば、小さい頃から『小公女』や『ポリアンナ』が大好きだった。どちらも、父親を亡くし、不幸な境遇になっても前向きに生きる少女が主人公。女の子でも自らの力で幸せの道を切り開く!そんな話に勇気を育ててもらった。「よかったさがし」は、どんな苦境に陥っても、その中から喜びを探し出し、日々を乗り越えるというポリアンナのゲーム。少女だった私も実践していた……そして、今も。
『マドレーヌ』は子どものための絵本というだけではなく、大人が見て、心の奥底に隠れてしまった宝石箱をそっと開け、微笑む。それが『マドレーヌ』。