📖美学No.17《ライ麦畑でつかまえて》

By waltzblog 2 comments

J.D.サリンジャー 著

18歳の私にセツ・モードセミナーの学友がノートを見せてくれた。開くと「もしも君が、ほんとうにこの話を聞きたいんなら…………」、表紙には「The Catcher in the Rye」。何と!「ライ麦畑でつかまえて」が、最初から最後まで、手書きでノートにビッシリ写されていたのだ。

主人公は高校を退学になった少年、ホールデン・コールフィールド。寮を飛び出し、ニューヨークの街を彷徨い歩く。「ロミオとジュリエットが死ぬのは、自分たちのせい。それよりも、ジュリエットの従兄にマキューシオが殺されることの方が、ずっと気の毒。あれはロミオの責任。頭がよくて愉快な人が、他人のせいで殺されるのは頭にくる。」「芝居は好きじゃない。優秀な俳優が、自分で優秀だってことを承知しているのが分かるから。」と、ホールデンは語る。人とは違う角度で欺瞞を感じてしまい、上手く折り合う妥協点を見つけられない。「当たり前」という通念を受け入れられず、社会や他者と馴染めない。

セツの写生会で千葉の大原港へ行ったとき、皆、一様に海や船に向かってイーゼルを立てた。サリンジャー好きの友人だけが、海に背を向けていた。合評会で披露した絵は、錆びたドラム缶が堆積していた。他の作品がほとんど空や海の青だったのに、彼女の絵だけが茶色一色。昼休み、セツ先生が私の肩をたたき、こっそり言った。「彼女はきっと天才!アイツには言うなよ。」その後、彼女は卒業を待たずに郷里に帰ってしまった。しばらくして来た手紙には「結婚することになった」と書かれてあった。彼女の青春の終わりは早かった。波瀾万丈な画家の人生よりも、愛する人が側にいて、美味しくご飯が食べられる……それに勝る幸せはないだろう。少女時代に辛い経験をした彼女は、それをよく知っていたんだなと、今、思う。

何をするかではなく、何者であるか。どこの視点に立って社会や物事を見つめるのか……彼女と二人で語り明かした未来を、さて、私はどう生きて来たのだろう。「ライ麦畑でつかまえて」は、彼女と過ごした短い青春を思い出す。

《ライ麦畑で子供たちが遊んでいる。僕は危ない崖の縁に立っている。そこで、子供が転がり落ちそうになったら、その子をつかまえる。ライ麦畑のキャッチャーに僕はなりたい。》

1951年に出版された本書は、今も若い世代に読み継がれる青春小説の名作。21世紀に入って、作家・村上春樹の新訳で刊行。

2 Comments

うさこ

6月 6, 2021, 3:04 pm 返信

『結婚する事になったの』まだ結婚なんて程遠い10代の私にいつも一緒にスタジオにいた先輩が言ってきた。
『毎日稽古には来れなくなるけど辞めないで済むし、いい人だから…』
その時はピンとこずにいたけれど自分もある年齢になって、その時の先輩の心情を察せられる様になった。

『幸せ、不幸せとはなんでしょう…』

「ワルツ〜カミーユクローデルに捧ぐ」の中にあるセリフ。

目の前にくる事をひたすらやっていたら辞めずに進んできて、
そんな自分は幸せなのかなー……

そうそう!「幸せ」って自分で決めていいんだった(笑)

今ある人生、それが全て…チヨちゃんも言ってた(笑)

前見て歩こっと(^^)

waltzblog

6月 6, 2021, 8:09 am 返信

人生に○❌はない。どの道を選んでも「その人」。
悔いなきように生きて、幸せ!と思える人が勝ち(^^)

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